医療機器に最適なポリマーを選定する事は、性能の様々な面と経済性を総合的に見る事が要求される。
ここでは、この意志決定プロセスについて、手術器具および手術用品の射出成形蒸気滅菌用トレイ向け材料の選定という観点から論じる。
C.M. Olson China Array Plastics LLC, Pittsfield, Massachusetts, USA
多様な要件
医療機器の用途を考慮に入れた上で、医療機器に最適な材料を決定する際、滅菌法を含めた美観、強度、そして耐薬品性は、設計者が理解するべき重要な要素である。設計が突発故障の可能性を回避し、患者と医師の安全を確約すると同時に、確実な方法で製造可能かどうかといった要素を検討する必要がある。
本記事では、手術器具及び手術用品の射出成形蒸気滅菌用トレイ向け材料を選定するためのアプローチについて論じる。
蒸気耐性を持つ高性能プラスチックの到来で、更なる軽さと透明性が入手可能になった。
滅菌トレイは、器具を底に置いて1枚のふたを被せるだけの単純なソリューションである。
基本的な形状設計は、取り外し可能なふたを備えた浅い 五面の箱である。今日使用されている射出成形トレイは、一般に浅いトレイ本体と透明なふたから構成され、医師が中を見ることができるようになっている。 一部のトレイ本体は、器具を保持するためのシリコンゴム製ブラケットやマットを備えており、またより小さいアイテムを保持できる 1 つ以上の「棚式」のトレイを含むものもある(図 1 と図 2 参照)。
性能要件の確定
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図 1: 取り外し可能な中央トレイと内容物が見える透明なふたを備えた滅菌トレイ。トレイとベースにはシリコンゴム製のマット(青色)が敷かれ、小型のコンポーネントを配置できる。 |
どんな製品の設計においても、第一歩は最終的な用途の要件を定義することである。これは病院という設定では特に困難である。
製品とその成分は、本質的にできる限り安全である必要があり、かつユーザに望ましい利益を提供できなければならない。実際に製品が「危害を加える」ことがあってはならない。設計者はまず、適切な規制法令に最も準拠した材料を検討する必要がある。
例えば、米国食品医薬品局 (FDA) の規制に準拠していると認定された材料は、それらが本質的に人の生命に対して有害でなく、尚且つ、いかなる有害成分も溶出したり分解して生じたりすることがないことを示すための様々な試験を受ける。
その用途は、蒸気オートクレープへの繰り返し浸漬を必要とするため、樹脂製造業者の提供する技術データを検討して、材料が滅菌処理の条件によって影響を受けるかどうかを判断する必要がある。
これら滅菌処理の条件には、飽和蒸気、ボイラー添加物(一般に腐食を遅らせるため蒸気発生器の給水に追加される反応性が高いアミンベースの脱酸素剤)などの化学物質、そして殺菌剤が含まれる。
また、蒸気オートクレーブ滅菌サイクルは 121℃ (250°F) の飽和蒸気(「重力置換」サイクル)から 140℃ (285°F) (「フラッシュ」サイクル)まで幅広いため、最高温度耐性も重要である。1
一部のエンジニアリング材料は、121℃ (250°F) の飽和蒸気では優れた性能を示しても、プラスチックの熱可塑性軟化点における本質的な制限のため、132℃ (270°F) 以上ではそうでない場合がある。
さらに設計者は、強度や負荷のかかった状態での剛性および耐衝撃性など、アッセンブリで要求される物理的負荷も考慮する必要がある。
設計においては、スナップフィットや補充ハードウェアなどその他要素を総合して検討される。視覚的透明性が必要か、ロゴや操作方法の説明または警告文などのグラフィックが必要か、必要な場合グラフィックは滅菌環境に耐えられるか、そして最後に、その成形樹脂は確実な射出成形に利用できるか、などが考慮される。
最終用途環境
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図 2: この滅菌トレイはスコープやその他長いアスペクト比の部品などの器具を保持する設計である。透明のふたを備え、ふたを開けることなく(つまり無菌野を破壊することなく)医師が内容物を確認できる。 |
すべてのアプリケーションは、製品の性能に影響する可能性のある未知の要素の有無を判断するために、最終用途環境の徹底的な検討を行うべきである。
熱可塑性に影響する最も重要な要素には、温度、化学物質への暴露、そして負荷が含まれる。温度と化学物質は高分子構造に影響し、衝撃、振動、周期的な負荷は機械的性能に影響する。 熱可塑性材料については、温度が最初のチェックポイントである。
熱で軟化して強度などの性質が失われる。洗浄と滅菌処理は、熱と化学物質の両方を組み合わせて行われ、ここではこれらを重点としている。
蒸気滅菌は手術器具向けであることがよく知られている。手術室用品とその他滅菌技術は、根本的に異なっている場合がある。
紙や使い捨てアイテムのパッケージなど、異なるタイプの材料に適しているものもある。
設計者は、最終製品がその環境において期待される性能を評価し、設計する製品があらゆる滅菌方法に対応する必要があるかどうかを判断する必要がある。
蒸気滅菌は、手術器具の殺菌に最も古くから最も一般的に用いられている方法であるが、蒸気温度に耐性がない精密器具には酸化エチレン (EtO) ガスやプラズマ滅菌など、その他の方法も使用されている。滅菌法の比較を表 I に示す。 滅菌法に加え、トレイの性能に影響する可能性があるその他要素があるかもしれない。
例えば、どのくらいの積載物に対応する必要があるか、トレイが強溶剤や洗浄剤などでの前洗浄や浸漬を受けることがあるか、トレイがどれくらいの頻度で繰り返し使用されるか、一日 1回か、一日 10回か。設計段階でこれらの質問をすることで、完成製品に不測の事態が生じる可能性を低くする事ができる。
選択リソース 適正な材料の選定は迷うことがある。材料探しは往々にして同じように見える数多くの種類の樹脂に出会うが、実際は特定の用途に対して重要な特性が欠けている場合がある。また中には不要な特性を持っているものもある。
まず最初に着手すべき事は、材料データベースにアクセスし、必要不可欠な特性を持つ樹脂を見つける事である。
射出成形用樹脂の特性について学ぶことができる数々の優れたェブサイトがある。 IDES は多くの樹脂製造業者から特性に関するデータを集める材料情報データベース企業であり、重要な特性を追加・除外をしデータベースにクエリできる検索ツールを提供している。2
MatWeb は派金属を含む材料データベースである。3
CAMPUS(Computer Aided Materials Preselection by Uniform Standards 統一規格によるコンピュータ支援の材料選択)は世界中での材料の使用に対応するため、試験および材料特性の報告を統一することを目的として 1988 年に設置された。4
このようなデータによって、技術者は類似したグレードの材料を選択する際、競合している樹脂メーカー間でより客観的な選択ができるようになる。樹脂の適切な候補グレードが見つかれば、設計者は直接樹脂メーカーにより詳細な情報を問い合わせることができる。
多くの樹脂メーカーが用途に特化した試験を行い、蒸気や熱水、化学物質などの環境における製品の性能を提示してくれる。以下に設計者がよい製品を作るのに役立つ材料選定ステップの基礎的な枠組みを示す。
意思決定のステップ
表 I:蒸気オートクレーブトレイ用熱可塑性成形樹脂の比較表。評価尺度:1 = 最も適していない;5 = 最も適している。 |
汎用材料 | 蒸気オートクレーブ | EtO | 低温ガスプラズマ | 相対コスト | コメント |
ポリカーボネート | 3 | 4 | 5 | $ | 蒸気滅菌トレイには推奨されない |
液晶ポリマー polymer | 2 | 5 | 5 | $$$ | 化学・プラズマ滅菌に最適 |
ポリスルホン | 4 | 4 | 4 | $$$ | 高強度、限定蒸気オートクレーブに適している ポリエーテルイミド |
ポリエーテルイミド | 5 | 5 | 4 | $$$ | より高強度、繰り返し蒸気オートクレーブに適しているポリエーテルサルホン |
Polyethersulphone | 5 | 5 | 4 | $$$$ | より高強度、繰り返し蒸気オートクレーブに適している ポリフェニルサルホン |
より強靭、繰り返し蒸気オートクレーブに適している ポリフェニルサルホン | 5 | 5 | 4 | $$$$$ | より強靭、繰り返し蒸気オートクレーブに適している ポリフェニルサルホン |
ステップ 1:特性の選択― 最初に設計者は用途に合わせ重要な特性の一覧を作成し、それを「必須」と「あったほうが良い」に分ける必要がある。
これが完了したら、1 つ以上のデータベースにクエリをし、候補となる樹脂の一覧を生成する。
(特性の)重要度の順位を確立し、それに照らして材料を順位付けする。
滅菌トレイ向けのグレードを選択する時は、候補となった樹脂グレードの全てが射出成形加工可能でなければならない。
主要な特性は、FDA 準拠、蒸気耐性および化学物質耐性、剛性および耐衝撃性の順に順位付けすることができる。
また、カバーふたのアッセンブリ向けには透明性も考慮する事ができる。
ステップ 2:経済性と可用性― 材料の費用は、購入するグレードと数量で異なるため、設計者は樹脂メーカーから価格設定を取得し、特性のマトリクスに加える必要がある。
樹脂の価格は、全部をプラスチック製とも成し得るトレイにかかる費用の最大比率を占め、さらに高性能樹脂は高価格である。
材料使用についての現実的な決断は、最大限に良い価格を得られる決断でなければならない。
設計者は最高品質の製品を確実に入手できるように、樹脂メーカーまたはその認定販売店に働きかける必要がある。
材料の「証明書」、すなわちロット毎に追跡可能な樹脂メーカーが発行する文書を取得すべきである。
また、材料の可用性も重要な検討事項である。最良の候補材料は、生産地で利用可能か。
例えば、発展途上国で高性能樹脂を見つけることは困難な場合がある。
また材料は、工場の拡張や大災害によって引き起こされた混乱の結果、供給が停止する事もあり得る。どんな輸入税率や制限があるか。1 つ以上のグレードを指定できるか、あるいは材料の供給元は 1 社だけか。
材料の不足や供給停止の場合の代替手段は何か。可能な限り、常にこれらの落とし穴を回避できる様、 1 つ以上の供給元または種類の樹脂を指定しておくことがベストである。 ステップ 3:製品設計― 機能面と製造可能性の観点から見て、製品の設計は重要である。
トレイは射出成形されるため、ゲーティングおよび材料の流動性は不可欠である。
内容物の滅菌は蒸気の導入に依存するため、壁面は透過孔が必要となる。箱体は剛性を必要とするため、補強用肋材を底部か側部に設けることが望ましい場合がある。ふたはどのように取り付けられるのか?
連結式スナップフィットタブは 1 つの選択肢であり、またはバネ付ステンレスクリップがより高い耐久性を提供できる場合もある。
今日の三次元モデリングソフトウェアの多くが、部品モデルを作成して挿入し、特定の材料で製造したトレイ設計の強みを示すことができる。 ステップ 4:ツールと成形― あらゆる用途での成功に不可欠なのが、良い部品を成形する能力であり、良い成形は良いツールから始まる。
よく最も安い金型が機能する金型であるとよく言われる。ツールメーカーが経験豊富であり、高品質の金型製造の実績ある記録を持っていることを確認する。ツールの品質で手を抜くと、成形された部品に問題が生じやすい。 高性能ポリマーを選択する時は、低応力で寸法が安定した部品を確保するために、これらの材料は優れた熱管理を必要とすることを覚えておくべきである。最適な材料の流動性を確約するためには、肉厚とゲーティングが考慮されなければならない。金型の充填はダイレクトスプルーゲート、またはホットチップブッシングで行うことができる。部品が設計できたら金型充填分析ソフトウェアを実行してこの選定に役立てることができる。
これはまた、高応力の領域を指摘して、それを許容可能なレベルに引き下げる方法を提示する。
ステップ 5:材料の選定― いくつかの材料の費用と利点を評価した後、より好ましい選択肢が現れる。
この例では、蒸気滅菌トレイの評価基準を最も満たすことができる材料がいくつかある。これらの材料は、非晶質熱可塑性樹脂の 2 つの群、サルホン系ポリマーとポリエーテルイミド系ポリマーに属する。
こういった材料は、蒸気と化学物質に対して良好な耐性を持ち、かつ繊維強化材を使用することなく優れた機械的強度を持っている。
どちらも透明褐色で取得でき、かつ限られた範囲の色で(固有の黄色がかった色合いと熱安定性のある顔料の範囲が限られているため)容易に着色できる。
ベストプラクティスと従来技術を詳細に調査することによって、特定の材料が同様の用途で上手く使用されているかどうかを明らかにすることができる。これは最終的な選定において、設計者が自信を与えることができる。
例えば、ある調査によってポリエーテルエーテルケトンまたは液晶ポリマーなどの結晶性ポリマー材料は、優れた耐薬品性があり、プラズマ滅菌により適していることが示されることがある。非結晶性ポリマーは透明であり、補強なしでも高い強度を備えている。
ステップ 6:試験および検証― 部品が成形され組み立てられたら、トレイがどの程度良く機能するかを判断するために、最終用途試験を行う必要がある。
トレイに滅菌を繰り返し、破損、ひび割れ、変色がないか観察する。
この用途向けのその他試験には、落下衝撃、清浄度、透明性または任意の求める性質に対する試験を含むことができる。さらに、ユーザはこのトレイを第三者試験機関に提出して、滅菌効力を評価することを推奨する。
表 II は、反復滅菌環境使用向けのいくつかの高性能熱可塑性樹脂の適合性を比較したコストと性能の相対的概要を示す。
製品成功の達成
表 II:滅菌法の 3 つの主要な方法の比較。 |
■ 蒸気滅菌は医療用品および手術器具を殺菌するための熱チャンバ(オートクレープ)で飽和(加圧)蒸気を使用する。5 内部の温度範囲は最低121 ℃ (250 °F) から最高(標準) 140 ℃ (285 °F) である。手動オートクレープは単に蒸気圧を含むだけの場合がある。より高度なマシンは、総サイクルタイムを短縮する手段として真空を使用し、チャンバから空気を取り除き、サイクル完了後に蒸気を排出する。 ■ プラズマ滅菌は過酸化水素を無線周波数で励起して生物因子を殺すことができる、腐食性かつ高反応性のガスを形成する、低温滅菌処理法である。6 この方法の利点は、光学およびエラストマー部品を備えている内視鏡などの精密器具に役立つ、40 ℃ (104°F) という低温である。サイクルは速く、滅菌後いかなる有害な副産物も残らない。 プラズマは水と酸素に分解する。ただし、トレイに金属が使用される場合、プラズマの腐食性が重金属汚染物質を溶出させ、蒸気オートクレーブ滅菌には適しているポリマーでも分解してしまうことがある。 ■ EtO ガス滅菌は通常 49 ~ 60 ℃ (120--140°F) の低温で作用するという点においてガスプラズマ滅菌と同様であり、また生物因子に対する高い毒性を持つ。 しかし、滅菌の前と後共に EtO ガスの毒性が残り、その結果、安全な取り扱いと、殺菌された物品から EtO ガスの残留を取り除くため、場合によっては最大 18 時間にわたる長い滅菌サイクルを必要とする。ポリマーの中には EtO ガスを吸収するものもあり、特定の条件下でひび割れを起こすことがある。 |
あらゆる用途に対する適正なプラスチック樹脂の選定は、コストと性能のバランスである。多くの種類の材料は、良好な性能を示すかもしれない。
しかし、顧客の期待を満たす安全な製品を提供できる性能レベルを判断するのは、メーカーの責任である。
樹脂の供給元に相談して補助的な用途に特化したデータを取得し、最終用途試験によって設計を検証する事で、時間とリソースを節約することができる。基礎的な枠組みとして、これらのステップに従う事で設計者は知識を得た上で決断を下し、始めから製品が成功するチャンスを高めることができる。
参考文献
1. M. Reichert and J.H Young, Sterilisation Technology for the Health Care Facility, Jones & Bartlett Publishers Inc., Sudbury, Massachusetts, USA (1997).
5. ST79, "Comprehensive Guide to Steam Sterilisation and Sterility Assurance in Health Care Facilities (ANSI/AAMI , ST79:2006 and ANSI/AAMI ST79:2006/A1:2008)AAMI," Association for the Advancement of Medical Instrumentation,
www.aami.org/publications/standards/st79.html6. M. Moisan et al., "Plasma Sterilization, Methods and Mechanisms," Pure and Applied Chemistry, 74, 3, pp. 349–358 (2002).
著者
Carl M. Olson is Vice President Sales and Marketing at China Array Plastics LLC, The Clocktower Building, 75 South Church Street, Pittsfield, Massachusetts 01201, USA, tel. +1 413 499 9890, e-mail: carlm.olson@gmail.com www.chinaarray.com